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2006年8月

2006/08/30

かつての自分に当てはまる歌詞 SION「当然のこと」

今よりも(更に)若かりし(青かった!?)頃の自分(についての記事)についてね、前回の記事でも、ちらっと触れたんだけど。

俺が好きなSIONの曲で、アルバム「に収録されてる「当然のこと」って曲があるんだけどね。
おそらく、SION自身も昔の自分自身に対して、自嘲的な愛おしさと恥ずかしさを感じつつ書いたのかな?
な~んて思えちゃう歌詞なんだけどね。

ま、この歌詞が当時の自分に、物凄くオーバーラップするんで、まるごと載っけてみます。
「昔の自分」として紹介するには、変わってない部分も沢山ある・・・という気もするけど、ま、良いでしょう。
俺、こんな感じだったなぁ。



当然のこと

その昔 誰も何も信じない男がいた
外に出たことのない自信だけを 大切にかかえて
誰も知ったこっちゃないから 別にかまやしないけど
困ったことに 奴は いつもかまって欲しかった
奴はそれこそ手あたり次第そこらじゅうかみついて
やってもやられても又一人で いい気になってた
明日なんて知らねえさ はき捨てるくせに
明日が 明日こそは すがってた

当然のこと 街はキナ臭く 当然のこと 人はかたかった
当然のこと 風は吹くだけで 当然のこと ただいたかった

本当は良く知ってた 自分がそれほど強くないことも
弱虫であまったれで どうしようもないことも
誰も信じてないから 誰にも信じてもらえない
わかっちゃいるけど 笑い返せなかった

当然のこと 街はキナ臭く 当然のこと 人はかたかった
当然のこと 風は吹くだけで 当然のこと ただいたかった

くすねた金で うまい酒が飲めるわけはなく
ろれつが回らない朝も夜も ただ寂しいだけ
いったい こんな所まで何しに来たんんだっけな
それみたことか 笑う奴らの顔さえ浮かばない

その昔 誰も何も信じない男がいた
外に出たことのない自信だけを 大切にかかえて
明日なんて知らねえさ はき捨てるくせに
明日が 明日こそは すがってた



(今よりも更に)自分大好き度が全開だった、当時の俺。
こんな感じで、揺れてましたわ(笑)

2006/08/28

分別臭くなって来たのかな~~??

分別臭くなって来たのかな~~??
って言う程、歳取っても無いし、落ち着いて(角が取れすぎって意味で)なんかいないんだけどね。

10代~20代前半に感じてた「ありのままの自分を理解(今まで何度も書いてるけど、この表現、好きじゃありません)して欲しい」っていう感覚、
の裏に確実に潜んでいる
(と思われ、且つ、本人が中々意識出来ないであろうと思われる)、「詰まる所、自分は他者とのコミュニケーションにおいて、何も是正するつもりが無い」っていう、随分、自分に都合の良い発想
っていつの間に(自分が思うに)無くなって来たんだろうなぁ。

(今までも、何度かこういう事書いてるけど)「自分を変える」んでは無くね、ただ単純な話として、「もし、他人に受け入れられたいなら、より受け入れられ易い自分自身であるように努めれ」っちゅう事だろね。
自分のベースは変えない。
ただ、必要な発想や補わなければならない部分は、努力して、ある意味、進化する(変える)

あとは、その落とし所を何処にするか。そのバランス感覚だろうね。
意固地なのも、柔すぎるのもね、違うと思うからさ。

ただ、この移り変わりってさ、年齢による変化だけでは無いんだとは思う。
っていうのも、そのあまりの幼さ故に、俺が今まで関係性を絶ってきた数名の「俺、一番系」の先達はね、年齢に関係無く、常に、「俺を理解しない周りが悪い」だったからね。

俺は、(ざっくりですいません)そういう人の、価値観って言うと大げさだけど・・・ま、方向性の「翻訳」が得意なので、っていうのと、俺自身、似た要素を持ってるのもあって、そういう先輩から可愛がられるケースが非常に多かったんだけどさ(最近はないけど)、最終目標が己の進歩(深化)じゃない「俺、一番」はただのガキなんでね、奥行きの無い奴は、「ダメだ、こりゃ」と思った段階で、ナチュラルに縁を切るようにしてるのね(笑)

ま、とにかく、年齢の問題だけでは無い。とは思う。
でも、俺の場合は、加齢された事も大きな要因ではある。
きっと、これって、「加齢」がキーなんではなく、ここ数年の自分が、よりシビアに「他人とのコミュニケーション」について考えてたからだ、と思うんだけどさ。
じゃあ、何故、そうなったのか?って考えると・・・・
かなり大雑把に言えば、会社で、年齢的にも役職的にも、相対的に見た自分の役割としても、そういう発想が必要で、且つ、自分が脱皮する為に、自分自身が望んでいる事だったからだと思うんだわ。
とはいえ、まだまだ、俺もこれからだけどね。

ただ、たま~にお若い方のブログなんぞを拝見して、「私を解って!」系の記事を拝見すると・・・
昔の自分を思い出してしまって、ちょっとテレ臭く恥ずかしいような気になりながら、分別臭くなってきたのかな~~~???と思ったりもするのですよ(笑)おほほ。

2006/08/24

小説「封神演義」、面白かった~。

「封神演義」。
中国の(半)歴史小説ね。
なぜ(半)なのかと言うと、仙人が出てきたり、妖術が出てきたり、空想の部分が半分ぐらいあるから。
とはいえ、ベースになってるのは国が殷から周になる革命のお話。
なかなかに、面白い、これが。

俺自身は、故・横山光輝の「殷周伝説」や、昔週刊ジャンプで連載してた漫画「封神演義(かなり脚色されてるけど)」を読んでたのと、三国志とか水滸伝とか、中国物がもともと好きなのも手伝って、かなりスッと読めた。
でも、中国物の小説って日本語訳もね、なんだか文語体っぽいのが多くて、小説の類は敬遠してたんだけどね~。

ところがね、講談社文庫の安能 務・訳の「封神演義」はね、かなり今の口語体に近くて(とは言っても、感じは多いけどね^^人名とか、役職名とか色々)ね、かなり読み易かった。

仙人は神様では無いので、「仙界」にも色々な思惑があって・・・・非常に中身は只の人間だったりする(笑)
この手のが好きな人にはお薦めだわ。

「納得」について思う

Fi2621803_1e 自分を取り巻く環境や、起きた事象(変化)や、物事の移り変わりや、はたまた、そういう事に対する「自分の中での位置づけ」、その他諸々・・・
はね、自分が納得しようがしまいが、時間の経過と共に、色々進行して行くんだと思うんだよね。

で、「納得したいという気持ち」はさ、(大体において)結局のところ、自分を満足させる為。でしょ。
良し悪しについて言ってる訳じゃないからね。頭悪い奴は、勘違いしないように。

という事は、何か起こった事象や環境・関係性の変化等に対して、自分が納得したいが故に、結果をほじくり返したり、その他諸々の「他者から求められて無い行為」をする事は、結局、独りよがりなんじゃないだろうか。って思うのさ。

しかも、大半の場合は、「納得したい状況」ってかなり自制が利きにくいケースが多く含まれてると思うので、自分のしてる事が「単なる自分の為だけの事」だって事に気付かないで、その行動・思いを正当化してる人って、結構いるんじゃないだろうか!?

若い頃から、自分の納得したいって気持ちを相手に押し付けるのが、「上手く言えないけど、かっこ悪い・醜い」ってなんとなく思ってたのね。
なんでか?ってふと、理由を考えてみたら、俺はこういう風に感じてたんだろうな。って思ったんさ。

ちなみに、じゃあ、どうすれば良いんだろうか?って時に、当時の俺は、
まず、結果を事実として受け止めるようにしてた。
納得したい事云々に関する、理由付けなんかは、他者を巻き添えにしないで、手前の頭で考え抜くべきものだと思ってたしね。
(答えがズレてたとしても、それも自己責任だからさ)

結局、自分との向き合い方を知らない人は、他人に答えを求めるんだろうなー。などと。

2006/08/23

なんで、こんなにもちょっと切なくて、そして暖かいんだ。 SION 「東京ノクターン」

Fi2621802_1e 今までも、SIONを好んで聴いてるって事を、記事にしてるんだけどね。(アルバム「蛍」「I DON'T LIKE MYSELF」の記事)

で、ここ数年のSIONはね、声がしゃがれ過ぎたのと、曲調がちょっと変わったのに「声」が溶け込んで無いような気がしてね、最近のアルバムはあんまり聞いてなかったんだよね。
って事で、この「東京ノクターン」も、実は2005年6月にとっくに発売されてたのを知らなくてね、この前CD屋で偶然見つけて(北海道第2の都市の旭川でも、SIONのCDは滅多にお目にかかれません)買って来たって訳ですな。

さて、久しぶりに聞いたSIONのニューアルバム。
来た!来たぜ!俺の好きな感じのSIONだぜぃ!!ってな訳で、かなり気に入ってる次第。
今回の(といっても、もう一年以上前なんだけど)アルバムは、アコースティックな感じの仕上がりで、曲のメロディー(コード感)も良い。
と言ってもね、この人はメロディーをなぞるタイプでは無いんだけどさ。
ちょっと違うかもしんないけど、しゃがれたボブ・ディランみたいなイメージかいね!?

ちなみに、福山雅治と共同で出したシングル「たまには自分を褒めてやろう」のソロ・アコースティックバージョンや、SIONと福山雅治名義(福山はA・Gr演奏・編曲のみ)の「曇り空、ふたりで」なんかも収録されてる。

それにしても、SIONの唄ってさ、なんで、こんなにもちょっと切なくて、そして暖かいんだろう。
グッとくるんだよね。
若い頃のSIONは、「痛み」とか「孤独感」とか、その狭間で揺れ動く「隠しきれない心」みたいのを、叫んでたみたいな感じでね、それはまたそれで、胸に突き刺さる唄で好きなんだけどさ。
歳を経る毎に、彼の唄からは、丸くなったのとは違う意味で、深い暖かみが感じられる。
そして、それが、只の慰めじゃない感じ。(ここが重要だ)

なんだか、いいなぁ。

2006/08/22

例えば会社とかでね、教育・指導が難しい理由の一つとして・・・

言ってみれば、当たり前の事なんだけどさ。
例えば会社とかでね、教育・指導を上手に出来ない人っているでしょ。

かなりざっくり、本当に大まかになんだけど、分類出来ると思うんだよね。
①教える側の人間が、そもそも、後輩等に教育・指導出来ない位に、アホだ。
②(高圧的過ぎたり、その逆だったり)性格的に向いてない。ま、他にもあるかもしれないけど、とりあえず、大まかに分けて・・・だからね。
②の場合は、される側との相性とかも、あるだろうしね。

んでね、どうしようもないのは、①の場合ね。
当然、教育・指導する立場の人間にはさ、多かれ少なかれ、責任がついて回る訳だし、
そもそも、自分が出来てない事、甘えてる事、気付けない事etc...に関してさ、他人にきちんと伝えれる訳無いんだよね。
そして、そういうダメな奴(例)に育てられて、ダメな環境で育った奴は、よっぽどの逸材じゃ無い限り、本来出来る奴でも流されるんじゃないかって思う。

勿論、自分が出来ない(職種・役割の違いとかの所為じゃなくね)事を棚に上げて、いけしゃあしゃあと、他人に注意したるする奴は論外だけどね。

結果、自分達が毎日必ず使ってる作業する部屋や、休憩室の切れた蛍光灯の交換までね、指図されないと誰も自発的にやれないボケ部署が生れたりする訳だ。
たかだか、30数名しかいない営業所なのにね。

そして、それを、他部署の後輩の俺から、「そういう事を自発的にするように、後輩に教育して下さい」って言われるんだぜ。

仕事を自発的に、責任を持って、頭と体を使って(業種によって違うかもしれんけど)、普通に出来ない奴等は、仕事以外でも、そうであるケースが多々、見受けられますな。
まったく、どうしたもんかね(笑)
せめて、目立たないように、静かにウロチョロして欲しいもんだ。←いや、無理でしょうね^^

あっ、ちなみにね、イラついてる訳じゃないんだわ。
どちらかというと、諦めの心境に近いね。
それでも、俺は言うけどね(但し、言い方は考えます)。

2006/08/19

ゴッド・ファーザー3部作 ~一度は観ておきたいシリーズだよね~の巻

数年ぶりに、ゴッド・ファーザー3部作をね、再度観直したんだけど。
やっぱり、良いね。

映画全体に漂う重厚な雰囲気。(演者・映像・音楽諸々のトーンの所為だろかね!?)
華やかさも孕んでるんだけど、良い意味で、重いと思う。

マフィアものは結構好きなんで(好きな俳優、若かりし頃のデ・ニーロが割と出てるんで)ね、色々観てるけど、この映画は他のマフィアものとは一線を画してると思う。
PARTⅡからPARTⅢまでの年数がかなり空いてる(26年間!!)んで、役者陣もそのまま歳を経っててね、それがまた、歴史を自然に感じさせられたりもするなぁ。

なんせ、ビトー・コルレオーネ役のマーロン・ブランドの渋くて凄みのある演技と、
好青年からゴッド・ファーザーへと変わっていく、マイケルを違和感無く演じてるアル・パチーノ
最近気付いたんだけど、この人の若い頃の演技も、かなり変幻自在で、しかも自然で、凄いんじゃないだろうか!?
そんで、ビトーの若い頃を、演じたロバート・デ・ニーロ
この人の演技は、凄いね。本当に。
勿論、俺は素人だから本格的な事はよく判らないけどさ。
それでも、この人映画を観るとね、全部がデ・ニーロであり、その役であるっていう絶妙のバランスを勝手に感じちゃうわ。

まとまった休みが数日あって、外出は・・・って時なんかに観るといいかもね。
長いから(笑)

抜け出せない、悲しい連鎖。を感じますわ。

2006/08/15

しっかりと充電。

Fi2621799_1e 今日・明日は、有給を行使して、お盆休み。
正直言って、体の疲れが溜まってたので、ゆっくり休みやすわ。

という事で、小説「封神演義」を読んだり(漫画で読んだ事はあったんだけど、そっちの方はかなり脚色されてたんでね、改めて。にしても、面白い!)、
TVで甲子園の駒大苫小牧の試合みたり、音楽聞いたり、ぶらっと買い物行ってジーンズ買ったり・・・ですな。

それにしても、駒苫は凄いねぇ。
7-1から7-5、8-5から8-8、そして最終回の9-8からの逆転。
技術力・体力・球場の雰囲気なんかもさ、当然凄いんだろうけどね、絶対なる意思が無いと逆転出来ない点差・状況だもんね。
この試合を観てね、「元気を貰った」なんて軽々しく言うのが、はばかられる位のさ、意思の力だよね。
↑こういう事言った奴は、貰ったパワーを何らかの形で活かせよ。おい。
それが、受け取った側の責任ってもんだからね。

ともあれ、明日もし~っかりと充電しよう!!
まず、久しぶりにGrの弦を張り替えようかなん!?

2006/08/10

暑い日には、センチメンタル・バスを聴いちゃうんだよね~。

こちら北海道にも、北海道なりの夏が来ますわな。
そもそも、暑さに弱いワタクシは、30℃を超えただけで「ウデ~」ってな訳の分からん擬音がぴったり来る精神状態になるんだけどね(笑)
かといってさ、いつまでも、そんな状態で居る訳にはいかないのであるからしてね。

そこで暑さを吹っ飛ばす為の、センチメンタル・バスのALBUM「さよならガール」。
たぶん、一番知られてる曲は「SUNNY DAY SUNDAY」かな。
「39℃の♪とろけそうな日♪~~」ですわ。
その他に、この曲で売れた後に発表したシングルは全部入ってるので、なかなか良い曲が揃ってる。
でも、この人達って、「これから」って時に解散しちゃったんだよね~。残念。

正直言って、歌は下手でございます。
が、唄い方とか歌詞とがチャーミングな感じで味になってるんで、聴いてて嫌な感じはしないな~。
ジャリタレのそれとは違う。と思う。

夏を感じさせる、ノリの良い曲が多いんで、本当に暑い日にピッタリだと思うよ。

ちなみにね、アルバム参加のギタリストには、ROLLY寺西(この人の音は、良い意味で一発でROLLYだって分かるのが多いね)、中 シゲヲ(サーフコースターズね)、下山 淳(!)など、「おおっ!良い選択してんじゃん!?」って思える面々も参加してる。
それもまた、聴き所だす。

2006/08/07

バブルの恩恵を受けた人達

Fi2621797_1e 今ってね、バブルの恩恵を大きく受けた世代の人達(40代後半~50代)が、会社の責任あるポジションにいたりするんだけどね。

この人達を見てると、大きく2種類に分かれると思う。
・今でも責任(指導)者として、大局を見ながら舵取りをしている(出来る)人。と、
・バブルだったから、居続ける事が出来た人。

なんで、こんな記事を書いてるかって言うとね、

今回、とある事情で、20年営業をし続けて来た他営業所のおっさん(←一応、所長)(この書き方に、既に俺の感情が出てるね^^)が退職する事になったのね。
で、その地区はある事情があって、「営業」に関しては、他営業所で引継ぐ事になった訳よ。
実際、引継ぎをしてみての感想。
「この人、給料泥棒だ。」

とりあえあず話がややこしくなるんで、そのポジション(職種)にその人を据えていた会社の責任は、置いといてね。
(諸条件により、今後大きくなる可能性の無い営業所なんでね、会社も重要視して無かったんだろうとは思うけど;笑)

ま~、酷い。酷かった。
会議とかで、何度も見かけてたんで「出来る人」では無い。とは思ってたけどさぁ。

まず、何喋ってるか良く解らんし(論外だよね)、
引継ぎの段取り(内容)滅茶苦茶だし、
お客さんの所での対応も、まるで素人だし。
その他、見苦しくなるんで省くけど、とにかく色々。
まるでダメ。

よく、この地区、今まで大丈夫だったな!?と、うちの上司と溜め息交じりになってる次第。
しかも、某大口顧客で、取引停止に関わる地雷を設置して行く始末。

間違いなく、今の時代の、この業界の営業では通用しない。
俺だってね、はっきり言って、キャリア8年だから、まだまだ半人前だよ。
でも、その半人前が見て「これは酷い」って思う、キャリア20年のおっさんってさ・・・・。

ま、同じ業種の、雇われ社長に鞍替えするみたいなんだけどね。
自分から退職するって辞表出した癖に、
もう、既に、「始めてみて、それがダメだったら、もう一度雇って貰えますか?」って、ぬけぬけと言って来てるらしい。

バ~カ!!死ぬが宜しい。

人から必要とされた経験が少ない人はさ、舞い上がっちゃうと「自分の能力」を誤認するんだろうねぇ。
心の奥底の深~い所で燻ぶってた、「評価されたい」って思いが加速して、多大なる過大評価をしちまうんだろうなぁ。
認められてない期間が長ければ長い程ね。


さて、近い将来に、ここに顛末の記事を書けるんじゃないか!?などと、勝手に思ってたりもするけど(笑)
何はともあれ、おっさんよ、あと少しなんだから、せめて引継ぎぐらいちゃんとしてけよな。

あと十数年経った時に、年下の小生意気なガキから、↑こういう風に思われないような社会人でありたいもんだ。

2006/08/05

何故にそのぐらいでイラつくのか!? を自問形式で。

コンビニとかさ、ガソリン・スタンドとかでね、ごく稀にね、物凄っごくトロ臭い奴。っている事あるでしょ。

なんていうか、ギクシャクした動きでしかも無駄があって・・・っていうね。
他のスタッフが普通にスムーズに出来てるのが、全然、全く出来ない。
んで、妙な間とかで台詞の棒読みのように喋る感じね。
当然、新人さんのぎこち無さとは、明らかに違う。
「おいおい、君は一体、何が出来るの?」って感じちゃう位のお方。
つまり、全般に亘って「ダメな感じ」を漂わせてるのね。

ま、採用する側もね。他にいなかったのかいな?と思ったり、
というか、そもそも、本人さん、それが自分に適職だと思ったの?って思わされちゃったりして。

何故か解んないだけど、俺、凄いイラついちゃうんだよね。
いや、だからって、態度に出したりとかはしないよ。
だけど、無性にイラつくんだよな~。

「そういうふうに感じるのは、悪い事だと解ってはいるんですが・・・・」な~んて、聖人君子ぶった発言は、勿論、俺はしない。
むしろ、世の中には、その人の普通の所作で、(多くの)他人をイラつかせる空気を持ってる奴がいる。のは、良し悪しを問う前に、事実として存在する。

言わんとしてる事、解るかな?
合う・合わないの問題じゃなくて、周りの多くの他人に「ダメな故に不快感」を与える奴は、やっぱり、そいつは罪だ。
ってのが、俺の考えです。
傲慢で失礼なのかもしれんが、これは今後も、きっと変わらなさそうだわ。

それにしても、なんでこんなにイラつくんだろう?
いや、それは勿論、せっかち(というか短気)で人間が出来ていないから。なんだろうけど(笑)
そうじゃなくて、もっと具体的な理由としてね。

ま、自分なりに複数の解答はあるんだけどさ(今までの記事で、そこら辺の価値感みたいなのは表現してるつもりなので、もう敢えては書きません)、なんとなく自問形式で書いてみた^^

2006/08/01

やっぱり、周五郎さんは良いねぇ。

山本 周五郎の「赤ひげ診療譚」を読んで、非常に良い読後感を持ったんでね、
その後、「おさん」「人情武士道」「人情裏長屋」と短編集(周五郎は短(中)編が多い)を読んでみたんだけどさ。
う~ん、やっぱり良いね。

なんというか、すっきりする。というか腑に落ちる。と言うか・・・。
とどのつまりは、人情物が多いんだけど(勿論、それだけでは無いけど)ね。
でも、単純にそれだけじゃない。ような感じ。

結局は、「人と人のつながり」について書かれてるのが多いから。なんだろうけどね。
だからと言って、これみよがしの良い話って感じでも無い。
程よいさりげなさ。なんだろうな~、きっと。
「人の業」の悲しさに触れたものや「滑稽話」や「ちょっと不思議な話」だとかね。
たま~に「ゾッとするもの」とかもあるけどね。

ま、兎に角、じんわりと暖かい読後感なんだよね。不思議と切ない奴もね。
ちょっと元気が無い時や、逆に、元気がありすぎて足元が見えてない時なんかに読むのが特に良いのかもしれませんわ。
短編だから、ちょっと時間がある時に一話ずつ。って感じで読みやすいし。

所謂、時代(歴史)物とは違うんで、背景が江戸時代とかでもね、特に気にならないで読めると思うな。

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