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2008/11/18

いわゆる、イエス・マンって・・・

Fi2621905_1e イエス・マンってさ、いるでしょ。たまに。
上司(もしくは客)の言う事は絶対服従で(職種・会社方針による事は承知です。あくまで例として我が社)、しかも、その自分の姿勢を部下とか後輩(もしくは立場の低い業者)に、立場を利用して強要するタイプの人。

な~んで、あんなに醜いのか?って、ふと思ふのね。
部下や後輩には、「自分に対して全てイエスであれ」を求める訳だから、そん時はそれなりに自分の考え(という程、考えてるかは知らんが)を出すよね。
んでさ、上司がそれと真逆の事を言ったらね、それに感心なぞした振りしながら「その通りですよね」なーんて、いう訳さな。

となると、随時、everytime、統一感無し!nothing!
その統一感の無さが生み出した歪みが、立場の弱いものを襲う。
しかも、本人は、意外にイエス・マンだという自覚が無いばかりか、それが正しい処世術だと信じて、微塵も自分を疑う気配無し、と。
ここら辺が、きっと醜く映るんだろうかね?

これがまた、TVドラマの中だけじゃなく現実世界に、結構転がってるって言うんだから、悲しいやら笑えるやら。
友達が一人もいない大人には、なりたくないもんですね。

とりあえず、そこそこまでは上がれても、その報いを受ける時が、今来ているようで。
自分を犠牲にし続けた哀れな男の(これからの)転落姿、笑って見てられる程、残酷にはなれない自分がまた、なんとも。
全てを否定されながら終わりを迎える姿を、傍で見せつけられるのは良い気分では無いのさ。

ま、俺は、死んでもイエス・マンにはなれそうも無いんで、自分の他の心配でもするしかないわな。
理想とする少し(もしくは遠い)未来の自分をイメージしつつ、今日も明日も、俺は生き続けます。
真剣にね。

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