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2013年3月

2013/03/17

「反対の仕方」について、我思う。

http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&tl=ja&u=http%3A%2F%2Foceanstory.org%2Fnews%2Flive-animal-key-chains-china%2F
↑コレについて、思う事。

このお守りに、反対です。
ただし、以下の経緯を踏まえた上での、反対です。

呪術的な意味合いだったり、宗教的な意味合いだったりする分野の事って、
理屈ではないので、自分の考え(自分の育ってきた文化)と比べて残酷で、野蛮だと切って捨てるのは簡単だと思うんだよネ。

このお守りが、上記のものに当て嵌まるかどうかは、別としてだけどサ。

ただ、例えば、「外交」という言葉一つとって見ても、自分の文脈でしか考え・話そうとしない人が出した結論は、一体どこに向かうんだろう?
「許せない」「だから、この国は」「品が無い」「遠慮も無い」「ルールを守らない」「領土問題」…
そういう「大小の‘自分は、絶対に違う’という、中途半端な想像力しか使わない、自分の中の裁決」が、集まったり、何かの流れに乗って拡大したら、それはいったい、どこに向かうんだろう?

もう一度、言いますけど。
オレは、この‘開運のお守り’に反対です。
でも、知らず知らずのうちに、対立の構図の加担者になっておきながら、自分に都合のよい時だけ‘相互理解の姿勢’とか言うの、もっと嫌いです。

例えば、‘クジラを喰うのは、野蛮で下品な行為だ’って、他国の人に言われるの、オレは嫌いなんです。
食べる為の殺生と、このお守りの件は別でしょ!?って人もいるかもしれないけど、
冒頭に書いたように、呪術的なものや宗教的なこと、文化に関しては理屈ではないので、‘食べる事’と同じ位の重要さで「個人が生きる事」と安易に切り離せないものだと、個人的には思います。
更に、クジラの例だと…「じゃあ、クジラを食べざるを得ない程、日本は食資源に困窮してるのか?」という問いに、自分だったらなんと応えるか…
もし‘文化’という答えが浮かんだのならば、このお守りに対して相手が同じ答え方をしてきたなら!?
自分は良くても、相手はダメなのかな?

「もし、自分が違う国に生まれ育って、違う国で教育を受けて違う国の文化の中で生きていたら…」と考えた時、
「それでも絶対に、自分はコレに反対する」と言いきれるんだろうか!?
他の人は知りません。
オレに関しては、言いきれる自信がありません。
そういうものに対して、「反対」を唱える時、
大事なのは‘賛否’は勿論なのかもしれないが、それを‘どういうスタンス’で、‘自分の中のどのフィルターを使って’自分の外へ出すのかなのでは?と、個人的には信じています。

己の中のRock'n'Rollを信じつつ…TSURU。

※この投稿内容に関して、色々ご意見がおありかもしれませんが、どうか真意を汲み取って頂けるよう願っています。
自分と違う意見の人を攻撃・非難する意図で書いたものでは、ありません。

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